助産師おにぎり

いのちに寄り添う人こそ、
まずは自分を大切に。

フラッと寄れる
安心安全の居場所に。


長い長いマラソンのような人生

走り続けるには体力気力がいる
そして何より
こころの 栄養も。

疲れたらちょっとひと休み
立ち止まっていいじゃない。

それはいのちに寄り添う
あなたにこそ
必要な時間。

いのちに寄り添うあなたがフラっと立ち寄れ
「なんでもよかよ〜」と
頼りあえる
お互いにつくり合う
心地いい余暇の居場所を。

それが
助産師おにぎりが
みなさんと共につくりたい社会。

オンライン(コーチング事業)

福岡県久留米市にある
みんなでつくるお産をしない【助産院よかいえ】

オンラインとリアルで。

ここには
あったかい
こころの栄養
おにぎりあります🍙

ちょっと、
ふらっと寄ってみませんか?

いのちに寄り添う人とは、
助産師や子育て支援者
だけではなく
お母さんあなたたちこそ。

フレっフレー!


やましたりえこについて。

1985年鹿児島生まれ

九州男児に囲まれ、
女性がなんでもする世界で生きる。

ワンオペ4人子育てに駆け回り、
ランチにも行けなかった母。

そんな多くの母へたちへの恩返しにと、
『自分も大切』にして
みんなで子育てするお母さんを増やすために、
助産師になる。

いのちと向き合い別れを経験し、
助産師を辞めることを考えた。
しかし、
助産師としてお母さんの子育てに伴走し続けることが
使命だと気づき人生が大きく変わった。

今この仕事をする理由。

私は今まで、
自然なお産に寄り添うクリニック
病気を抱えた妊婦さんのお産や旅立ちに寄り添う総合病院
子どもの育ちや食を大切にする保育園
くらしの傍の行政で産前産後ケアを立ち上げ
地域助産院開業など経験を積ませていただきました。


2020年
新型コロナウィルス蔓延時には、
福岡県の町役場で
産前産後ケアをスタートさせ
地域の子育て支援に奔走しました。

目の前のいのちに寄り添うことに、
本当に必死になって
走り続けました。

そして、適応障害になって倒れました。

お母さんたちも子育てに必死。
そして、
いのちに寄り添う支援者も必死。

お母さんたちを支える人は沢山いる。
でも、
支援者を支える人はいなかった。

その時、
自分の根っこに向き合い気づいたんです。

『いのちに寄り添う人こそ大切にされる存在』
だと。

私は、お産の現場でなく、
「いのちの砦で働くいのちに寄り添う人」
の伴走を一生の仕事にすると決めました。

3ヶ月の息子と120円の卵を買うために並んだ朝も
幸せだった。でも、

3ヶ月の息子を抱いて、
120円の卵を買うために
早朝のスーパーに並んでたあの頃も幸せ。

けれど、
自分のできる仕事で
大切な人の人生のサポートをし頂いたお金で
ファミレスで食べたいものを
家族で美味しいねって食べれる今も幸せ。

どんな時も私は幸せ。

でも、
心の底からやりたい仕事で
想いも繋がりも愛のお金も巡らせれる今がとっても幸せ。

人生の幸せって
私は、
想いと繋がりと愛が形を変えたお金だと思っています。

3ヶ月の息子と1日中一緒にいて、
私はこの世界からいなくなった取り残された気がした。
働いてないから自由にお金お使えない、
外に出ないからずっと孤独を感じてた。

ある程度のねるくうだすが満たせて、
雨風しのげる家がある。
でも、私はもっともっとと求めてた。

夕方黄昏泣きする息子よりも先に、
わんわんと声をあげて泣いた日もたくさんあった。

それは、
人との繋がり・お金の不安から脱すること・仕事で叶える存在価値
だったと今は思うんです。

目の前にこんなに可愛い子どもがいるのに、
何をそれ以上求めるの?って
自分を何度も攻めた。

でも、
私は自分も家族も仕事も諦めたくなかった。

私は順風満帆じゃない
泥臭くてずっこけまくり。
それでも
多分諦めが悪いんだと思う。

執着ってよりは、うちから湧き出る情動って感じで。


そんな私が
今こうして仕事していられるのは、
【自分に気づいた】【行動した】から。


もし今、
昔の私のように
自分が何をしたいのか分からず、
自分に無価値観を感じて
途方に暮れてる人がいるなら、
『自分=本音のおくそこ』に気づいてほしい。

あなたは何をしてもしなくても価値がある。
その価値に気づき活かせば、
想いも愛もお金も巡らせて
綺麗事じゃなく人生を本心で楽しめるようになる。

今私は、
助産師や医療職そして子育て支援者へ、
マンツーマンサポート、コミュニティ、リアルワークショップを開催し、
いのちに寄り添う人の人生の伴走をしています。

有難いことに、
起業5年間で延1000人以上の方との大切なご縁を頂きました。

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みんなでつくる助産院
よかいえ

  • そして、
    2023年ご縁あって、
    福岡の田舎にひっそりと一軒家の助産院を開院しました。

    なんとなく5年前に、
    「息子が1年生になったら助産院がしたい」って言ってたんです。

    で、
    すぐ出張だけの施設を持たない助産院をスタートしました。

    コロナとともに、
    オンラインとリアルで助産院は走ってきました。

    そんな中、
    ずっと温めいてた想いがありました。
    「みんなで集まれる古民家みたいな助産院がしたい」

    本気で覚悟して、願いを言葉にする。
    すると、
    社会から応援の風が吹き、
    子育てが1番しんどかった時期を助けてくれた、
    大恩人のお家をお借りできることになりました。

    いろんな物件を見て、
    「ここでもいいかもな〜」なんて思っても気が乗らない。
    そんな数年を過ごしてきて、
    いよいよ腹が決まった時に、
    お隣のご家族からお話をいただきました。


    大切に紡いでこられたお家を使わせていただく。
    その想いを胸に、助産院をするときに、
    2つのことを決めました。

    1つ目は、
    【みんなでつくる助産院をする。】
    多分、
    私1人がすんごく頑張り続けたら、できないことじゃない。
    でも、私がしたい助産院=あり方は、そうじゃない。
    院長である私が、1人でがんばるんじゃなくて
    『みんなでつくる』助産院なんです。

    2つ目は、
    【助産院であり続ける】
    助産院って、いろんな制約が多い。
    多くの方から、助産院じゃなくてよくない?って愛ある言葉をいただきました。
    でも、私は、あえて助産院をえらびたい。

    助産院といえば、お産。ちょっと意識高い系?
    答えは、NO。
    どんなお産も、どんな場所でのお産も、全て素晴らしい。
    私は本気でそう思っています。

    でも、助産院はどんどん少なくなってきてる。
    妊娠=お産=子育ては、人生に大きく影響する。
    だからこそ、大学病院でも、診療所でも、助産院でも、自宅でも、自分で選ぶことが大切だと思っています。

    私は、助産院でお産のお手伝いはしません。
    けれど、他のことはできます。
    間接的かもしれないけれど、助産院に触れるきっかけがいろんな人にあることが、お産の選択肢をのこす1つになると考えています。

    だから、後世に少しでも「助産院」というバトンをつなぐ一助になりたいから、助産院にこだわりました。

    止まらない人口減少や産後うつや自殺の増加など、社会が大きく変わる今だからこそ、
    【お産や産後ケアだけにとどまらない、助産院をリデザインする】そんな想いでやっています。

    そう、そんな想いで全国の人たちと共に、
    産前産後ケアを利用したり
    小中高大学生がボランティアに来たり
    季節の餅つきや夏祭りをしたり
    子どもや大人のやってみよう!探求遊びをしたり
    父ちゃんたちが力を発揮するキャンプをしたり
    全国から応援金や食材をいただいたり
    レンタルスペースとして利用していただいたり
    応援したい人=想い=お品を販売したり
    いろんな方法で
    子がいるいない関係なく
    多世代のさまざまな人がつながる
    ある意味、雑多な助産院を運営してます。

    コロナをきっかけに出逢えた全国の皆さん、
    そして助産院をきっかけに出逢えたご近所の皆さん。

    ご縁を頂いた方と共に、泣いて笑って人生を楽しんでいきたいと思っています。

    ・・・・・・・・・・・・・・・

    〇めざす社会〇
    「いのちに寄り添う人が人生を謳歌し、次世代と共に生きる社会をつくる」
    要は、みんな人生楽しもう♪ってことです☆
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□資格 学び□
助産師 保健師 看護師 コーチ 助産院院長
受胎調節実地指導員
思春期保険相談士
幼児安全法指導員

〇職歴〇
産婦人科クリニック(宮崎県)
地域周産期母子医療センター(鹿児島県)
さくらさくらんぼ保育園(福岡県)
(日々のあそびと食を大事にした保育)
子育て世代包括支援センター(福岡県)
(産前産後ケア立ち上げ担当)

いのちのはなし(小学校・行政)
孫育のはなし(行政)
開業助産師(出張専門・お産なし)

〇yocaは自主子育てひろばとして
2012/9/27スタート
2023/7/27 助産院よかいえ開院
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フラッと寄れる安心安全の居場所
でありたい。